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いまなお輝き続ける名車、スカイライン2000GT-Rの生命力

Writer:岡崎宏司 Photo:小久保昭彦

日産スカイラインGT-Rの生命力

スカイライン2000GT-R(1971年).jpg▲1st日産スカイラインHT2000GTーR 1969年5月のJAFグランプリから72年9月の富士インター200マイルレースまで公認レース通算52勝を飾った

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岡崎宏司さん

 ふと、クルマの〝生命力〟について考えた。

 スカイラインGTが一躍有名になったのは1964年5月、第2回日本GP(鈴鹿サーキット)でのワンシーンだ。1stモデルは、1.5リッター4気筒を積む小型4ドアセダンのボディを延長し、グロリアの2リッター6気筒を強引に積んだモデルだった。そんな急造マシンが、たった1周とはいえ、欧州のサラブレッド、ポルシェ904を後に従えたときの観衆の熱狂はすごかった。ヘアピン、最終コーナー、グランドスタンド、S字......歓声、どよめき、悲鳴がうねりのように移動していった。この瞬間から、スカイラインGTとドライバーの生沢徹はスーパースターになった。

 日産とプリンスが合併した後の1969年、新しいスカイラインのボディに、日産のレーシングプロトタイプマシン、R380のエンジンを載せた「GT−R」が誕生した。GT−Rの「R」はレーシングを意味し、開発当初から「レースでの勝利」を目標にしていた。その目標は完全に達成された。そしてGT−Rはツーリングカーの"王者"の座に、長く君臨し続けた。

 搭載されたS20型エンジンは、2ℓの直6DOHC24Vで、ミクニ製ソレックスの2チョークキャブレターを3連装。160ps/18.0kgmを発揮した。オプションのカムシャフトやキャブレターを装着すると、200psに達した。レース用ワークスマシンは、燃料供給装置をルーカス製のインジェクションに変更し、最高出力は250~260psに引き上げられていた。ボディは1970年秋に、ホイールベースを70‌mm短縮したオーバーフェンダーのハードトップに変更。以後はレースカーもハードトップ中心に変わっていった。

 市販のS20型は〝当たりハズレ〟があった。ハズレだとトップエンドまで気持ちよく回り切らず、パワーの伸びはよくなかった。しかし、当たりだと、パワー、フィールともに強烈で、ドライバーを陶酔させる超一級品だった。

 最近、スカイラインGT−Rの相場は2000万円ともいわれる。GT−Rはいまも生きていると思った。

■日産スカイラインHT2000GT-R(1stモデル)の主要諸元

(1971年モデル)
価格:5MT 154万円
ボディサイズ:全長×全幅×全高4330×1665×1370mm ホイールベース2570mm 車重1100kg
エンジン:1989cc直6DOHC24V(160ps/7000rpm 18.0kgm/5600rpm)
サスペンション:フロント:ストラット/リア:セミトレーリングアーム
タイヤサイズ:前後16.45H-14-4RR
駆動方式:FR
ブレーキ:フロント:ディスク/リア:ドラム 乗車定員:5名

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