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英国「赤旗法」と京都「路面電車告知人」のよく似た関係

Writer:岡並木 Photo:イラスト・那須盛之

赤旗法は蒸気自動車のメリットを規制した

赤旗法・本文用.jpgイラスト●那須盛之

 日本で最初の路面電車は、1895年2月に京都で生まれた。ところが半年後、この電車の前方に、昼は赤旗、夜は提灯を持った告知人を走らせることが義務づけられた。実は、この告知人が、なぜ生まれ、いつ廃止されたのか、知りたいと思いながら、今日まで怠けてきた。

 悪名高いイギリスの「赤旗法」のことはご存じだろうか。この法律は1865年(明治維新の3年前)に施行された。

「機械によって動くクルマは、最高速度を市内では3.2km、郊外で6.4kmとし、さらに走るクルマの前方55mに、昼は赤旗、夜はランタンを持つ人間を先行させ、歩行者や馬車に警告を与えなければならない」。これが赤旗法である。当時の「機械によって動くクルマ」は蒸気自動車だった。その煙や蒸気や大きな音で、馬が驚いて暴れたり、そのあおりで馬車が転覆して死傷者が出る騒ぎが続いた。

 一方、馬車業者や鉄道業者は、新しい機械で動くクルマがやがて強力な商売がたきになると見た。そこで事故を理由に機械車を抑え込もうと、国会に働きかけた。国会は赤旗法を出す前に、まず蒸気バスに対して乗合馬車の何倍もの税金をかけた。続いて1861年には、最高時速を市内で8km、郊外で16kmに制限した。しかし、それでも蒸気バスの利用者は絶えなかった。ついに1865年に蒸気バスの命を絶つような赤旗法を施行したのである。

 イギリスの自動車の歴史は、赤旗法の影響で、ヨーロッパの他の国に比べて、ずいぶん後れをとった。たとえば1900年の自動車生産を比較すると、フランス4800台、アメリカ4200台、ドイツ800台に対して、イギリスは175台だった。

 京都の路面電車の告知人義務づけという規則は、赤旗法ととてもよく似ている。この命令を出した京都府が、赤旗法を知っていたかどうかは定かではない。またイギリスのように、馬車や鉄道関係者の反対があったかどうかも、ボクにはまだわからない。

 しかしこの告知人がどういういきさつで生まれ、いつまで続いたかについては、京都市交通局の労働組合の好意で、最近やっと知ることができた。それによると、京都の路面電車は、京都電気鉄道会社によって、国鉄七条駅と伏見下油掛停留所間でまず開業した。その後、同社の路面電車は続々と開業するが、まだ、路面電車を取り締まる法律はなかった。

 内務省の役人も、電車についての知識や経験は持ち合わせていないので、電車の開業直前に、京都府に対して「電気鉄道を至急調査して、取り締まり規則を作り、内務省に報告するように」と電報を打ってきたという。

 京都府は、開業後いろいろ調査した結果、1895年8月21日に、第67号という京都府令で、電気鉄道取締規則を出した。

 告知人は、この規則によって義務づけられた。告知人は「先走り」とも呼ばれた。これは日本の古い言葉で、武家時代、主人一行よりも先に目的地に急ぎ、主人が行くことを知らせる役であった。

 ところでこの電気鉄道取締規則は、その後、日本各地に開業した路面電車に適用されたが、告知人だけは、どこも採用しなかった。京都の規則の主な内容は、こうだ。

1:電車には車掌、運転手、告知人を、線路には信号人をおくべし。
2:街角またはカーブ等に信号所をおき、電車行動信号方法を定めるべし。
3:車掌は通行人に危険な場所、雑踏、街角、橋上では告知人を電車の先5間(約9m)以内を先行せしむべし。
4:夜間電車を走らす時はいずれの場所でも告知人を前行せしむべし。
5:車掌は軍隊、郵便、消防用馬車または葬儀等に行き会った時は進行に障害を与えないようにすべし。
6:運転手は通行人に危険ある時は徐行し、適宜響鐘、ラッパの合図をすべし。

 告知人が12歳から15歳くらいまでの少年ということも、資料で初めて知った。会社の名入りの半纏を着て、危ないところで電車を飛び降り、「電車が来まっせえ。危のおまっせえ」と叫びながら少年たちが走っていく。その場所を過ぎると、走っている電車に飛び乗る。

 電車の時速は10km以下だったが、飛び乗りに失敗して怪我をするものが多かったという。京都の電気鉄道はたびたび告知人の廃止を訴えた。認められなかったが、夜の全線先走りだけは、1898年9月に廃止された。

 イギリスの赤旗法は、1896年に廃止され、自動車の最高速度は22kmに引き上げられた。京都の先走りが全面廃止となったのは、1904年11月である。東京、大阪、パリで路面電車が走り出した翌年だった。

 名コラムニスト、岡並木さんのアンコール・エッセイをお届けしました。
 (1997年6月10日号原文掲載)

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