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池田直渡のクルマのパースペクティブ「第1回前編:T型フォード以来の生産革命、トヨタGRファクトリー」

Writer:池田直渡 Photo:池田直渡,TOYOTA

社会構造の多様化と複雑化が進み、もはやクルマだけを見ていては、自動車産業に何が起きているかを正確に捉えられない時代になりました。規制、環境、経済、経営、開発技術、生産技術など多様な面から日本の自動車産業の背景と構図をレポートします。

■トヨタがGRで目指すもの

*第1回のポイント:長らくトレードオフ関係にあった大量生産と精密なワンオフ生産を両立するための、まったく新しい生産システムを生み出したトヨタの取り組み

「1ミリ、1グラムが結果を左右するモータースポーツの世界で生まれた超精密なクルマ作りを、継続可能な自動車生産システムに組み込んで誕生したのが、トヨタGRファクトリー。112年ぶりに自動車生産の革命を起こし、高性能車を身近にするとともに、経済環境に左右されがちなスポーツモデルの生産を永続的にするシステムです。GRファクトリー誕生のバックストーリーと、現場で行われているその超精密生産工程を子細に追ってみました」

▲GRファクトリーのオープンセレモニーで、ヤリスの走行シーン動画を映すスクリーンを突き破ってサプライズ登場したGRヤリス。ドライバーはモリゾウ(豊田社長)

 世界最初のクルマは1886年のベンツ・パテント・モトールヴァーゲンだといわれている。

 しかし、現在われわれが目にするクルマの原点は、1908年にデビューしたT型フォードである。規格化によって製品を大量に生産し、その結果安価で、人々が道具として使えるものにしたのは、フォードが採用したベルトコンベアによる大量生産システムであった。自動車は大量生産システムの申し子なのである。

 以来112年を経て、2020年、トヨタはその自動車生産に新たなページを刻もうとしている。それが豊田市のトヨタ元町工場に新たに設けられたGRファクトリーである。

▲GRファクトリーの三人の立役者。発案者である豊田社長(左)とGRカンパニーのトップ(当時)友山執行役員(中)、製造部門の責任者河合執行役員(右)

 部品を吟味し、匠の職人がそれを計測器でも測れない精度で組み付ける。

 そういうワンオフは、フォード型システムが主流になってもずっと細々と存在し続けていた。

 しかし、そうしたワンオフと大量生産は決して交わることがない。職人が何日もかけて組み上げるクルマは優に数千万円の値付けがされ、生産台数も極めて少数である。

 一例としてアルピナ社を挙げよう。ご存じのとおりアルピナは、BMWからホワイトボディを購入し、そのシャシーを徹底的に計測して、ジグに乗せ、わずかな誤差まで修正する。組み付ける部品も一品一品計測器にかけて、BMWより格段に厳しい公差で厳選して、それを職人が丁寧に組み上げる。漏れ聞くところによると、近年ではだいぶ合理化が進んでいるらしいが、さりとて希少性を保つ意味で、生産台数は絞ったままだ。

 アルピナの年産台数から割り算すると、一日当たりの生産台数は10台に満たない。しかもその中には相当数の、いわゆるコスメティックモデルが含まれている。ステッカーを貼ってホイールを変えただけの見た目仕様である。

 トヨタは「ワンオフ精度のクルマを年産100万台作れるシステムを作れ」というとんでもないスローガンを掲げたのである。なぜそんな途方もないことを言い出したのか、まずはそのスタートラインまで巻き戻そう。

▲トヨタ本社にほど近い元町工場に、自動車生産の常識を覆す新しい生産システムを採用したGRファクトリーが誕生した

■もっといいクルマ

 2015年3月13日。トヨタは突如「トヨタ自動車、〝もっといいクルマづくり〟の取り組み状況を公表」というリリースを出した。

 後にトヨタのエンジニアたちに取材すると、さすがに社内でも「もっといいクルマ」って具体的に何? という疑問が飛び交い、それなりの混乱を招いたらしい。

 結論からいえば、「もっといいクルマ」には答えはない。無限に続くカイゼンの遠い先にあるイデアか何かであり、それは合格ラインを示すような基準ではまったくなかったのである。

 三河最大の偉人、徳川家康の「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。 不自由を常と思えば不足なし」という言葉が示すように、エンジニアたちは一生「もっといいクルマ」を思い描き、一歩一歩理想にむかって歩みを続けていくということだと筆者は理解している。

 ちなみにトヨタのカイゼンという言葉は、当然もっとよくするという意味が主だが、トヨタ生産方式をまとめ上げた故・大野耐一氏によれば「カイゼンとは必ず原価低減を伴うもの」だという。

 つまりトヨタのもっといいクルマには、無限に金をかけてでも良いものを作るというアルピナのようなやり方はありえない。それはトヨタの考え方からすれば、パラメーターのしわ寄せをコストに移動しただけで、本当の意味でカイゼンがなされていないからである。

(中編へつづく)

【本稿はカー・アンド・ドライバー本誌2020年12月号掲載分をウェブ用に加筆修正したものです】

著者:いけだなおと●1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年にビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に独立後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行うほか、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている

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