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池田直渡のクルマのパースペクティブ「第3回後編:リーマンショックの徹底反省が生んだトヨタ・TNGA改革のインサイド」

Writer:池田直渡 Photo:池田直渡,TOYOTA

いまや世界トップを争う1千万台メーカーとしての地位を確立したトヨタ。20年前の生産台数は530万台ほどでした。そこから目覚ましい躍進を見せたトヨタを突如、リーマン・ショックが襲いました。無理を重ねていた生産ラインは、急速な市場のシュリンクに耐えられず、稼働率が大幅にダウン。トヨタに莫大な赤字をもたらしました。二度とそうした事態に陥らないことを誓ったトヨタが行った改革が、TNGA改革です。今回はその顛末をまとめてみました。

▲コンパクトカー用GAーBプラットフォーム初採用の新型ヤリス TNGA思想に基づく新開発ダイナミックフォースエンジンなどすべてをゼロベースで作り上げた

(中編より)

 さて、ここで大きくクローズアップすべきなのが、トヨタのいう「もっといいクルマ」である。もしコモンアーキテクチャーの目的がコストダウンだけであれば、こんな言葉は必要ない。つまりコストダウンを進めながら、同じくらい大事な目標として製品をよくすることを求めているのだ。

 ことのついでに書いておけば、このコモンアーキテクチャーの採用で、開発工数もまた25%削減されている。先に触れた設備投資の25%低減と合わせると、新型車を出すたびに開発コストで4分の1、設備投資で4分の1ずつメリットを出していけることになる。

▲FF系として最後発のGAーBプラットフォームは新型ヤリス/ヤリスクロスが採用 低重心化によるスポーティな走りと高剛性ボディによる乗り心地の良さを実現

 とはいえ、クルマがよくならなければ意味が薄れる。

 TNGAでは前述の固定と変動が「OSとアプリ」のような関係になっている。

 「固定」部分は完全に同一な基礎を使うことで、従来のようにプラットフォームを車種ごとにアレンジするより重点的に人材とコストが投下できる。その結果、OSがどんどんよくなり、基礎的なシャシーの能力が高くなる。

 そのOSの上に車種ごとの設計で自在な「変動」を加えることで、個別車種の魅力、つまりアプリの能力もまた高くなっていく。

 トヨタが面白いのは、この「もっといいクルマ」を決して定量化しようとしない点だ。ニュルで何秒とか、求心加速度何Gとか、数字で語ると、それ以外が抜け落ちる。

▲GRヤリスはフロントがGAーB/リアはGAーCを採用して高出力化や高速高G領域への対応力を高めた

 トヨタのエンジニアに面白い話を聞いた。
 
 新型車が完成すると役員試乗会がある。そこへ豊田社長がやってきて、試乗した後、どこを直せとかあそこがダメだとかいっさいいわないのだという。

 「それでどうやって判断するんですか?」と聞くと「クルマが気に入ったらコースを延々と走り続けて降りてこない。だけどクルマがダメだと1周か2周でクルマを降りて帰ってしまうんです」。

 つまりこういうことだ。

 たとえば社長が「直進安定性がダメだ」といったとしよう。するとそこで指摘されなかった担当者は安堵してしまう。「気になるところはあったけど、指摘を受けなかった」。

 しかし何もいわずに社長が帰ってしまったらどうだろう? 全員がもしかして自分の担当しているところかもしれないと考える。

 いや仮に「たぶん俺のところじゃない」と思っていても、「待てよ」となる。「俺のとこは絶対大丈夫」などと豪語して、実は「お前がやったとこだった」となったら、死刑宣告を受けるようなものだ。

 そうやってクルマがもっとよくなっていく。役員の誰もが気づかないポイントをエンジニアがコツコツとよくしているケースもおそらくあるだろう。

 とにかく結果として、15年以降にフルモデルチェンジされたトヨタ車は、それ以前のモデルとまったく違うメーカーが作ったのかと思うほどよくなった。それは試乗してみれば嫌でも感じる。

■コロナで証明された 改革の効果

▲ヤリスクロスはSUVらしく最低地上高や車高を高めているが低重心化によるキビキビした走りを実現 TNGAのメリットを最大限活用した最新モデルといえる

 さて、トヨタはTNGA改革で何をやってきたのだろうか? マクロに見れば、それは損益分岐点の引き下げと、商品の魅力向上を同時に成し遂げることだ。

 その結果はどうだったのか? トヨタはリーマン・ショックの結果を詳細に分析して丁寧に対応したが、本当にそれが効果があるかどうかは、同じような危機を迎えない限りわからない。

 そこにコロナウイルスという人類史上かつてない危機が襲ってきた。リーマン・ショックが世界経済への危機だったとすれば、コロナは人類全体への危機であり、その影響はリーマン・ショックを上回っていた。

 トヨタの場合、リーマン・ショック直後の1年間で販売台数は約135万台の下落、前年比で約15%落ち込んだ。対してコロナの影響は通年の予測で195万台のダウンが見込まれ、前年比で20%というリーマン・ショックを大きく上回る打撃を受けたはずだった。

 しかし、リーマン・ショック当時、通年で4600億円の赤字に沈んだトヨタは、コロナの直撃を受けた第1四半期ですら139億円の営業利益を計上して黒字を保った。

 もちろんトヨタの利益としては見たこともない些少な黒字額ではあるが、世界中のアナリストで、どこかの自動車メーカーが第1四半期を黒字で乗り切るなどと予測した者は誰もいなかったと思う。むしろ第1四半期、第2四半期で空けた穴を後半6カ月で埋めることができるかさえ悲観的だった。

 それをトヨタは黒字のまま跳ね返し、のみならず、その地獄の淵で、通期見通しを5000億円の黒字と発表したのだ。

 筆者の知る限り、トヨタを除くすべての自動車メーカーは先行き不明として通期見通しを出さなかった。むしろそれが当然で、わざわざリスクを取って先の見えない状況で見通しを発表する必要はない。

 トヨタが何故そんな発表をしたのかといえば、日本の産業構造に幅広く根を下ろす自動車メーカーのトップブランドとして、協力企業各社を安心させ、日本の経済全体にエールを送るためだ。実際トヨタはサプライヤー各社の救済のために、銀行団から1兆円を超える融資を受け、もしもの場合に備えていた。

 それから3カ月後、4月~9月の上半期決算時の通年見通しで、第1四半期に5000億円としていた見通しを大幅に上方修正して、営業利益を1兆3000億円と発表してみせた。それは「トヨタはコロナから完全回復を果たした」といえる内容だった。

 側から見る限り、TNGA改革はトヨタを「不死の超人に体質改善した」ように見える。それはあまりにも劇的な出来事であり、この結果を踏まえて振り返ると、無茶な増産やリーマン・ショックという猛烈なアゲインストさえ、トヨタをさらに強靭化するための試練に過ぎなかったように筆者には見えるのである。

(了)

【本稿はカー・アンド・ドライバー本誌2021年2月号掲載分をウェブ用に加筆修正したものです】

著者:池田直渡(いけだなおと)●1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年にビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に独立後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行うほか、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている

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