自動車用語、英米の違い

自動車用語が英語と米語でどのように違うのか、外国の辞書をベースに考えた。

米語のサブウェイ(地下鉄)を英語で表現すると......

650pis2019年2月.jpgイラスト●那須盛之 

 若い友人が重さ三kgもある分厚い本をアメリカから買ってきてくれた。

 タイトルは『Complete Encyclopedia of Motor-cars』。『自動車完全百科事典』であろうか。表紙は真っ赤な地色を背景にしたT型フォード。だが、おや? ハンドルが右側に付いている。T型フォードは、右側通行の国で初めて左ハンドルを採用したクルマだ。

 表紙が右ハンドルのT型である理由はすぐわかった。アメリカで買ってきてくれた本だが、編者がイギリス人。発行所もイギリスに本拠を置く出版社。だから、イギリス仕様のT型フォードになったのだ。

 同じようなことを、この夏、二度も経験した。二人の友人が、別々にアメリカのフォード博物館で黒塗りのT型フォードのミニチュアを買って送ってくれた。

 ところが、両方とも右ハンドル車だった。最初の左ハンドル車ということで、ボクのウルトラ・ミニミニ移動史博物館に飾りたくてお願いしたのだが、正直がっくりした。裏をひっくり返して、その理由がわかった。両方とも「メイド・イン・イングランド」と書いてあった。今号はそんな話を書くつもりではなかったのだが。

 この事典に英語と米語で言い方の違う自動車用語を五十音順に並べた比較がある。

 自動車用語でなくても、イギリスとアメリカとでは言い方の違う言葉がたくさんある。たとえば、サブウェイは、アメリカでは地下鉄だが、イギリスでは歩行者の横断地下道だ。イギリスで地下鉄はアンダーグラウンド。とくにロンドンではチューブともいう。ペイブメントはアメリカでは舗装道路だが、イギリスでは歩道をいう場合が多い。アメリカでは歩道をサイドウオークといわなければ通じない。

 自動車百科事典の英、米語比較対照表に戻ろう。ページの冒頭に、次のような断り書きがある。「本書の自動車用語は、最近のイギリスの使い方に従っている。アメリカの読者のために、使用頻度の高い用語について、アメリカの言い方を紹介する」

 最初がボンネット(bonnet)。米語ではフード(hood)。次はブーツ(boot)。米語では何だろう。トランク(trunk)だ。

 米語でディスプレイスメント(displace
ment)、つまり排気量は、イギリスではキャパシティ、あるいはキャパシティ・オブ・エンジン(capacity ‌of engine)。

 イギリスでいうクーペ・ドゥ・ヴィル(coupe de ville)は何だろう。アメリカではタウンカー(town car)である。タウンカーはイギリスではもう一つ、セダンキャ・ドゥ・ヴィル(sedanca de ville)ともいう。クーペ・ドゥ・ヴィルは、一九二〇年代までは運転台が吹きさらしになっていた。その後は運転台にスライド式の屋根を付ける車両が多くなった。クーペとセダンキャの違いは、セダンキャは客席の窓が四つの場合が多く、クーペは二つだった。

 次は英語でディッキー(dicky)。アメリカではランブルシート(rumble seat)、つまり折りたたみ式の腰掛けである。

 イギリスでエンジン(engine)は、アメリカでモーター(motor)。イギリスでエステートカー(estate car)、またはシューティングブレイク(shootingbrake)は、アメリカでステーションワゴン(station wagon)。

 英語でギアボックス(gearbox)は米語でトランスミッション(transmission)。

 さて、米語のフードは、英語のボンネットだと書いたが、英語にもフードという自動車用語がある。馬車以来、この言葉はクルマの屋根に使われてきた。アメリカではクルマの屋根はトップ(top)だ。

 英語のマッドガード(mudguard)、泥よけが、アメリカでは、フェンダー(fender)。フェンダーを表すもう一つの英語がある。ウイング(wing)である。

 箱型乗用車をセダン(sedan)というのはアメリカだ。イギリスには十七世紀からセダン・チェアという乗り物があった。着飾った女性たちを乗せた箱型のである。それなのに、なぜか箱型の乗用車をイギリスではサルーン(saloon)という。消音装置を表すマフラー(muffler)はアメリカの使い方。イギリスではサイレンサー(silencer)。イギリスはタイヤの溝をトラック(track)というが、アメリカはトレッド(tread)。

 こうやって見てくると、日本の自動車用語は、米語と英語とが入り交じって使われている言葉が多いとわかる。

 名コラムニスト、岡並木さんのアンコール・エッセイをお届けしました。(1991年11月10日号原文掲載)

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