シトロエン物語 その4

Writer:間宮達男 Photo:Centre d'Archives de Terre Blanche

名車トラクション・アヴァン、2CV、DS、Hトラックなど誕生秘話

 アンドレ独自の思想による〝トラクション・アヴァン・シトロエン〟は、その後、23年間にわたってヨーロッパの自動車界に君臨したのだったが......。

トラクシオン・アバン.jpg▲トラクション・アヴァン 1934年にデビューしたフロントエンジン・フロントドライブ車 ルノーを退職したアンドレ・ルフェーブルとアンドレ・シトロエンが追求していた「理想的なFFレイアウト」のメカニズムを共有し合った2人はシトロエン工場で生産を開始 最初の7Aモデル(1.3リッター/全長4380mm)が完成

 ソフィスティケイテッドな筆致で知られる自動車評論家、ラルフ・スティン氏はこう記す。

「アンドレ・シトロエンは、自分の会社の経営から追われる前に、新型のクルマをデザインするように技師たちに命じていた。1934年になって、彼らは、多年にわたって考えてきたマシンで報いたものだ。それは7A〝トラクション・アヴァン〟だ。そして1957年まで、さまざまにサイズと外見を変えながらも、このフロント・ドライブ車は、かつて作られた自動車のうち、もっとも成功したクルマのひとつであった(とくに、そのクルマは、フランスのギャングたちに、逃走用車としてもてはやされて有名だ)。1955年になると、すらりとしたバック・シルエットを持つ最初のクルマ、フロント・ドライブID19にやがて席を譲るようになってしまった」と。

 シトロエン車のドラマティックな変わりようを、愉快なネタ本『自動車の身上書』でのぞいてみよう。

「1934年、7Aトラクション......これは全く革命的だった。いわゆるシャシーなしのモノコックボディ、それまでのクルマに見られなかった前輪駆動が目玉だった。このコンポはジョルジュ・イラート(編集部注1)やローゼンガール(編集部注2)などのカーデザインに影響を与えることになる。クルマの生産は1957年まで続き、70万台が製造された」とある。

 注1:Georges Irat/1921〜53年にかけてフランスで活動した自動車メーカー。創業者はジョルジュ・イラート
 注2:Rosengart/1920年代半ば〜52年にかけてフランスで活動した自動車メーカー。創業者はルシアン・ローゼンガール

 続いて、例の1948年2CVサルーンである。「このモデルは、安く買えるクルマ、燃費もいいクルマとして大衆に愛される。フランスばかりでなく世界中でポピュラーになった。39年にプロトタイプが製作され、第2次大戦中も開発され、48年にデビューしたのだ」と紹介されている。

2CV.jpg▲2CV 1948年のパリ・モーターショーでデビュー 合理性と実用性を徹底追求したモデルをユーザーは高く評価した

 そして、もっともシトロエンの名声を高くしたのが55年DS19サルーンだった。

 ここにアンドレ・シトロエンの写真がある。どの本にも紹介されているが、50歳ごろの端麗で、科学者のような風貌である。小さな縁なし眼鏡をかけ、きれいに手入れされた口ヒゲをたくわえている。どことなく、映画『アンネの日記』に出てくるユダヤ系の父親を思い出させるのだ。たしか、アンドレの母親は、ポーランド系のユダヤ人だった。

DS19.jpg▲シトロエンDS19 デビューは1955年 ボディサイズは4810×1790×1470㎜ 1911ccの直4OHV(75hp/13.5㎏m) 既成の工業デザインに大きな衝撃を与えた

 静かな顔つきに似ず、宣伝上手だったことは、エッフェル塔の一件でもわかるが、自動車販売に関して、アフター・サービスを強調する先見力も持ち合わせていたらしい

 彼は、1922年から24年にかけて、『修理の手引』とか『手入れのカタログ』といった小冊子を出版して、ディーラーとオーナーに配布している。現代では当然の話になっているが、当時すでに、修理に当たっては同じ条件ならばどこの店でも同一料金であるべきだという〝料金表〟も出していたという。

 この点でも、アンドレはたしかに時代を先取りして、自動車産業におけるサービス業の必要性を、すでに予見していたのかもしれない

アンドレ顔.jpg▲アンドレ・シトロエン(1878〜1935年)

 ある年代記作者は、こう書く。

「アンドレは、慣習を嫌った。彼は慣習ということで他人がやらなかったことを、あえて試しみるところがあった」と

アンドレが残した大衆車

 アンドレ・シトロエンは、1935年7月3日、長い病気の末に57歳の若さで死んだ。

 簡にして要を得た人物評をしている『French Vintage Cars』という本の一節を紹介しておこう。

「......アンドレ・シトロエンは生まれつきの商売人として自他ともに認められていたビジネスマンである。そのためにこそ彼の破滅もあるのだが。彼はまた大きな賭けを試みることで幸福のチャンスをいくたびか失ってもいるのだ。ビンテージ・カーの時代にあって、彼は小型車を製作し、その魅力的な姿で人々をひきつけ、たちまちにして確固たる評判を勝ち取った。彼の猛烈なセールスマン気質こそが、途方もない事業の拡張をやってのけたのである」と。

Hバン・ナンバー消し.jpg▲シトロエンH(アッシュ)トラック オリジナルモデルは1948年デビュー 現在もケータリングカーなどとして大人気

 最後に前段で紹介したラルフ・スティン氏の言葉で締めくくろう。

「シトロエンについては、いまひとつ、愛すべき〝みにくい〟2CVがある。これまで作られたクルマのうちもっとも成功し、実用的な性能のクルマであった。波形の金属製のフラットなパネル、最大の快適性、そして曲芸するカンガルーみたいなスプリング、それは、アメリカでならば、愉快な反ステイタス・シンボルであり得ただろう。不幸なことに、わが国のターンパイクではあまりにもノロマだ。だが、それでも魅力的である」

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