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ジム・ヘンソン・マペットショーのトミカ

Writer:森永卓郎 Photo:森永卓郎

英国のTVショーをベースにした希少なミニカー

森永卓郎さん160.jpg■プロフィール もりながたくろう●1957年、東京都出身。東京大学経済学部卒業。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。個人のコレクションを展示する"博物館(B宝館)"を、埼玉県・新所沢で一般公開中(毎月第1土曜日)

2020年9月号森永卓郎さんHP用.jpg▲マペットはマリオネット(操り人形)とパペット(指人形)からの造語 トミカと組み合わせるほど海外ではマペットショーの人気と知名度は高かった

 1980年代のトミカは、破竹の勢いだった。日本でミニカー・トップメーカーの地位を確立すると、世界にも、どんどん輸出を拡大していった。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアといった先進国をはじめとして、アジア各国にも続々と輸出されていた。

 ボクが仕事でマレーシアを訪れたとき、百貨店の玩具売り場で「トミカの80台収納展示ケース」が鎮座しているのを見て、妙に誇らしかったのを覚えている。

 輸出用トミカには、国内販売とは異なる仕様の商品も多く、コレクターの間では、高い価格で取り引きされている。

 トミカの輸出は、1985年のプラザ合意による円高で、勢いを失ってしまった。何しろ1ドル=240円だった為替が、120円になったのだから、海外から見ると、トミカが2倍に値上げされるのと同じ効果を持ったからだ。トミーが国内生産から中国生産へと舵を切ったのも、この円高が原因だったと思われる。

 輸出用トミカは、ミニカー専門店が逆輸入してくれたので、かなりの製品が国内でも流通した。ただ、ほとんど日本に輸入されなかったものが、写真のジム・ヘンソン・マペットショー仕様のトミカだ。

 ジム・ヘンソンはアメリカの人形劇作家で、セサミストリートでも有名だ。マペットショーは、ジム・ヘンソン自身も出演するテレビのバラエティ番組。1976年から1981年までイギリスで放送された。

 日本でも1981年に3カ月間だけ放送されたが、短期間で知名度が上がらなかった。それが、このシリーズの逆輸入が進まなかったことの原因かもしれない。

 写真は右から、カーミット・フロッグの乗るVWコンバーチブル、アニマルの乗る三菱ジープ、ミス・ピギーの乗るモーガン・プラス8、フォジー・ベアの乗るT型フォードだ。

 おもちゃといったら、おもちゃなのだが、こんなところにまで、トミカがしっかりと根付いていることがうれしいし、もう40年近く前のモデルであるにもかかわらず、まったくといってよいほど、劣化がない。

 実は、日本経済の長期転落によって、いまの日本の賃金コストは、先進国最低の水準にまで低下している。新型コロナウイルスの影響で、海外調達の不安から国内回帰を目指す製造業が増えている。

 その中で、ボクは、もう一度メイド・イン・ジャパンのトミカが復活してくれないかと、いま密かに期待しているのだ。

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